ストーリー

[ストーリー第3話] 異世界人は傘が欲しい (2)

ウォシュレットの水を顔面に食らったコロネに顔を洗わせてから、テーブルを挟んで2人と向かい合って椅子に座った。

朝からドタバタだったが、ようやく話に入れる。

オレは直截に切り出した。

忠矢
忠矢
さて。
お互いこの10年何をしていたとか、まあ話したいこと、聞きたいことはたくさんあると思うんだがな。
そのあたりを話し始めるとキリがない。
いきなり本題といこう。

2人の顔が真剣になる。

忠矢
忠矢
いったい、オレに何の用だ?

コロネ
コロネ
…………………………。

クオン
クオン
…………………………。

2人ともうつむいたまま何も言葉を発しない。

よほど言いづらい要件なのか。

忠矢
忠矢
何も言わんとわからんぞ?

しばらく静寂が空間を支配した。

うつむきながら、横をちらっと見たコロネとクオンが目を合わせ、軽く頷いた。意を決したようだ。

2人が同時に口を開いた。

クオン
クオン
私たちをかくまってください!!

コロネ
コロネ
オレたちをかくまってくれ!!

忠矢
忠矢
なっ…………!

さすがにこれは驚いた。

かくまってくれとは穏やかじゃない。
まるで犯罪者が言うセリフじゃないか。

忠矢
忠矢
コロネ……。
お前また何かやらかしたのか?

コロネ
コロネ
ちっげーよ!
オレは何もしてねーよ!

忠矢
忠矢
あれ、違ったか?

コロネ
コロネ
忠矢は、トラブルは全部オレがおこしてると思ってんの?

忠矢
忠矢
そんなことないよ?

コロネに抗議されてしまった。

すまん、コロネ。
そう思ってた。

だって、リィン時代、だいたいそうだったし。

クオン
クオン
コロネに罪はありません。
今回のことについては私に原因があります。

コロネ
コロネ
いや、クオンのせいでもないだろ。

事態がよく飲み込めない。

コロネが悪いわけでもなく、クオンが悪いわけでもないのに、なぜ2人がかくまってほしいといってくるのか。

コロネ
コロネ
クオンは巻き込まれただけだ。

忠矢
忠矢
巻き込まれた?

コロネ
コロネ
コイツの親父がやらかした。

クオン
クオン
お恥ずかしながら、その通りです……。

忠矢
忠矢
あー、デルの仕業か……。

クオンはうなだれて小さくなっている。

デル・アル・ティエッロ。コロネの父で、リィン王国の騎士。勇者時代のオレのパーティーメンバーであった男。

あの無責任騎士なら何かやらかして娘に迷惑をかけることは十分考えられる。

忠矢
忠矢
デルが何をしでかしたんだ?

コロネ
コロネ
反逆者になってしまった。

忠矢
忠矢
は?

コロネの言ってることがよく聞き取れなかった。

反逆という言葉が聞こえた気がするが、おそらく聞き間違いだろう。

忠矢
忠矢
すまん、よく聞こえなかった。もう1回言ってくれ。

コロネ
コロネ
デルは、リィンを裏切った、反逆者になっちゃったんだよ。

聞き間違いじゃない。
コロネは確かに「デルは反逆者」と言った。

忠矢
忠矢
反逆!?
いったいどうしてそんなことに?

デルは適当なヤツだが、リィンのことは祖国として人一倍愛していた。王家に深い敬意も払っていた。
そういうデルがリィンに弓を引くようなことは考えられない。

クオン
クオン
どうやら、父は悪い人たちに酒を飲まされおだてられ、盟主として反乱計画の盟約書にサインしてしまったようなんです。

忠矢
忠矢
そんなバカな!

クオン
クオン
うう……。

デルが反乱計画の盟主になるなんて、それこそ考えられない。政治には無関心で、権力や野心にはまるで縁遠い男だった。

クオンはますます小さくなっている。このまま消えてしまいそうなほどだ。

それでも気持ちを立て直して気丈に説明を続ける。

クオン
クオン
その盟約書がどこからか流出し、反乱計画が発覚しました。
さすがにはっきりとした証拠が出てしまうと、王宮も首謀者として筆頭に名を連ねる父を追わざるをえなくなりました。

コロネ
コロネ
タイミングから何から手際がよすぎるんだ。
多分、最初から仕組まれていたんだろうな。
デルはだれかにはめられたんだ。

コロネの言うとおりかもしれない。

デルは魔王を倒した英雄として大きな名声を獲得し、オレが日本に帰る直前には王国内での地位も格段に上がっていた。本人はそういう出世は望んでいなかったが、他人はそう見てくれない。異例の出世は妬まれる。他の有力貴族や騎士にとっては己の権勢をおびやかす目の上のたんこぶだったのだろう。

ただ、腑に落ちないところがある。

デルは適当なヤツだが、酒癖は悪くなかった。酔っ払っていたからといって、そんな重大な盟約書に軽々しくサインすることは考えにくい。

忠矢
忠矢
魅了のような心を操る魔法をかけられていたという可能性はないか?

クオン
クオン
それは否定できません。魔法か薬か、何かで操られていた可能性はあると思います。

クオン
クオン
ただ、私が最後に父に会ったとき、父は自分が反乱の盟約書にサインしたことは認めていました。操られたとも言っていませんでした。
しかし、時が差し迫っていたため、それ以上の詳しい話を聞くことはできませんでした。

デルがなぜ反乱の盟約書にサインしたのか、真相を確かめる術は、今はないようだ。

忠矢
忠矢
デルはどうしたんだ?
捕まったのか?

コロネ
コロネ
逃げた。

忠矢
忠矢
えっ!?

コロネ
コロネ
クオンに最後に会って、クオンを領地に残して、夫婦揃ってそのまま冒険の旅に出た。
リィンの国内にはもういないんじゃないかな。

またしても娘置き去り。そこまで無責任とはなんて夫婦だ。

忠矢
忠矢
あいつ……。どれだけ娘に迷惑かければ気がすむんだ。
今度会ったら絶対にぶっ飛ばす。

コロネ
コロネ
オレも殴っちゃうかも。

コロネもさすがに腹に据えかねるところがあるようだ。

しかし娘のクオンは懸命にフォローする。

クオン
クオン
やめてあげてください……。

クオン
クオン
最後に会ったときに、リィンから逃げる前に、両親はちゃんと誘ってくれたんです。
「お前ももう大人だ。自分の生き方は自分で選びなさい。領地や騎士という地位に縛られることはない。冒険の旅に出たいなら私たちと一緒に行こう」
って。
ですが、私は、騎士です。先祖伝来のアルの地も、大切な領民たちもいます。これを守る人が必要です。
私は、自分の意志で、領地に残って騎士としての仕事を全うするという道を選んだのです。

健気すぎるだろ、この娘。
なんかますますデルに対して腹が立ってきた。

忠矢
忠矢
デルは、クオンが「アルの村に残る」と答えると知っていて、そう聞いてないか?
娘に厄介ごと押し付けているとしか思えん。

クオン
クオン
娘の私から見ても単純な父親です。
そういう意図はなかったと思いますが……。

忠矢
忠矢
そうだといいんだがな。

デルを弁護するクオンも辛そうだ。

デルに対してはまだまだ言いたいことがあるが、デルを追及するのはクオンを追及するのと変わらない。ここでデルの責任をうんぬんするのはもう終わりにしよう。

忠矢
忠矢
クオンはアルの村に一人残されてどうなったんだ?

わざわざ異世界にきてまで、オレに「かくまってくれ」と言ってきているということは、その後の展開もだいたい予想はつく。
ただ、本人の口から経緯を聞きたい。

クオン
クオン
私は領地で謹慎していました。
しかし、親の罪は子の罪。父の罪に子も連座するとされ、私も同罪ということになりました。

クオン
クオン
アルの村に追捕の兵を差し向けられ、私は館に包囲されてしまいました。
捕縛される寸前のところ、事件を知って駆けつけてきたコロネに助けられ、命からがらアルの村を脱出したのです。

やはり、デルだけの問題ですまなかったか。

辛そうなクオンを見かねたコロネが後を引き取って続ける。

コロネ
コロネ
それから2、3日、いろんなところを逃げ回ってたんだけど、オレたちはだんだん兵士に追い詰められていった。
結局どこにも逃げ場がなくなって、仕方がなく水晶の塔に逃げ込んだんだ。

忠矢
忠矢
水晶の塔?

水晶の塔は賢者イリスが拠点としている場所だ。

忠矢
忠矢
あそこは普段結界が張ってあって中に入れないはずじゃないか?

面倒臭がりで滅多に人と会いたがらないイリスは水晶の塔の周囲に結果を張って、いかなる生物の侵入も遮断していた。

オレもリィンにいたころは水晶の塔に入ることはできなかった。

コロネ
コロネ
オレとクオンは自由に結界を通ることをイリスに許可されていたよ。
よく頼まれて研究用の材料を届けにいっていたからな。
イリスが自由に出入りを認めていたということは、よほどコロネとクオンには気を許していたのだろう。

忠矢
忠矢
イリスのところに逃げ込んでもさ、めちゃくちゃ迷惑がられなかった?
アイツ、人間とは思えないほど情が薄いよね?

コロネ
コロネ
え?
そんなことなかったよ?

クオン
クオン
そうですね。むしろ、とても親切に感じられました。
しばらくゆっくりしていけとも、落ち着いたら転移魔法で好きなところに送ってくれるとも言ってくれました。

忠矢
忠矢
信じられねえ。
あのイリスが?

ものすごく意外だ。親切すぎて気持ち悪い。

あの外道賢者が他人にそこまでの親切心を見せることはとても想像できない。
およそオレの知ってるイリスのふるまいではない。

コロネ
コロネ
メシとか寝るところも用意してくれたよ?

忠矢
忠矢
アイツ、オレ以外の人間には優しいの?

クオン
クオン
さあ、他の人と接しているところをみたことがないのでそれはわかりません。
私たちには普段から割と親切ではありました。

イリスに好かれたいとも思わないが、差別的待遇には抗議したい。

コロネがさらに続ける。

コロネ
コロネ
イリスのところに逃げ込んでなんとか一息はつけたんだけどさ、このあとどうするかって問題があった。

コロネ
コロネ
転移魔法で好きなところに送ってもらえるといっても、リィンの国内はもうどこも危険だった。
隠れてコソコソ生きるのなんてまっぴらだ。
王宮に出頭したところで死刑になるに決まってるし、いっそ一緒に国外に脱出しようかなんてクオンと話してたんだ。

クオン
クオン
水晶の塔に逃げこんでから何日かは、コロネとそんな相談ばかりしていました。
しかし一向に結論が出ません。
コロネと私は出口のない議論に疲れ、もう何もする気力もなくなってしまいました。
すると、ある日賢者様にこう聞かれたのです。

クオン
クオン
「忠矢に会いたくないか?」と。