ストーリー

[ストーリー第3話] 異世界人は傘が欲しい (1)

コロネとクオンにくわしい話を聞く前に、メシの用意をさせられた。

なにか事情があったのか、この2人は丸2日、何も口にしていなかったらしい。

コロネ
コロネ
……………!
…………………………!

クオン
クオン
……………!
…………………………!

さっきまでの大暴れがウソのように、2人は黙々と目の前の食べ物にかじりついている。

食べることに必死でオレの姿もまるで目に入っていない。

テーブルの上のパンとゆで卵と牛乳が瞬く間に消えていく。バランスを考えて一応サラダも用意したが、それが消えたのは最後だった。
食べ方が若い。

オレはキッチンに立って自分のパンが焼きあがるのを待ちながら、それをぼーっと眺めている。

悪い光景じゃない、と思う。

リィンでの勇者稼業は辛いことばかりだったが、こういう平和な食卓を守れたのならば、勇者になってよかったな、とちょっと思えてくる。

コロネ
コロネ
ふう。うまかった!

何度目かおかわりした牛乳を飲み干すと、コロネは腕で乱暴に口を拭った。満足そうに腹をさすり、ポンポンと2回叩いた。
目の前から食べ物が消え去って、コロネの目がようやくこちらを向く。

コロネ
コロネ

ごちそーさま!

忠矢
忠矢
おう、よく食べたな。

元気ないい笑顔だ。こっちもつられて笑顔になってしまう。

一方、コロネより少し早めに食事を終えたクオンはなぜかうなだれている。

クオン
クオン
ごちそうさまでした……。

クオン
クオン

ううっ!
来て早々、寝姿を見られるは、大げんかしてるところを見られるは、食べ物にがっついているところを見られるは……。
人としての恥を晒してしまって……。
消えたいです……。

クオンはうつむいて顔がよく見えないが、真っ赤になった耳を見ればどんな表情をしているのかは想像がつく。

忠矢
忠矢
寝るのも、ケンカするのも、食べるのも人として自然な姿だよ。
気にすんな。

クオン
クオン
そ、そうですね……。

なぐさめもまるで耳に入らない様子で、クオンは肩を落としてしずんでいる。

最近あまり見ないな、こういうピュアな子。我が家にさわやかな春のそよ風が吹くようだ。

一人ほっこりしていると、コロネが急に椅子から立ちあがり、オレの元に駆けよってきた。

コロネ
コロネ
忠矢!

オレの服の袖をひっぱりながら、コロネが言った。

コロネ
コロネ
メシ食ったらクソしたくなった!

クオン
クオン
ゴホォッ!

忠矢
忠矢
ゲホォッ!

クオンとオレが同時にむせた。

恥ずかしげもなくハッキリ言うヤツだ。

クオンとはまったく別の意味でピュアすぎる。

クオン
クオン
コ、コロネ!
またお前はそんな下品な言葉を!

コロネ
コロネ
したいんだから、しょうがないだろ?

クオンが真っ赤な顔でコロネをとがめるが、コロネは意に介するそぶりもない。

たしかに、飯も食えばクソもするのが人間の自然な姿だ。

ちょうどいい機会なので、さっさとトイレの使い方を教えておこう。

オレの住まいは相当な年代物のボロ家だが、トイレだけは最新式のウォシュレットを導入してある。便座に思わず頬ずりしたくなるほど、自慢の一品だ。

異世界人にこいつを見せつけるいい機会だ。

オレは椅子から腰を上げ、リビングを出て2人を振り返って言った。

忠矢
忠矢
トイレの使い方を教えるから、2人ともちょっとこっちにこい。

コロネ
コロネ
忠矢!
デリカシーがない!
自分のケツの拭き方くらいわかる!
もう子供じゃないんだ!

なんでそこは過敏に反応するんだ。

「クソ」とか「ケツ」とかいった単語を連発するコロネからデリカシーという言葉が出てくるとは恐れ入った。

クオン
クオン
……………………。

クオンは無言で顔を赤くしている。

オレだって年頃の女の子にトイレの使い方を説明するなんて恥ずかしい。正直、まっぴら御免だ。

しかし、恥ずかしいなどという小さな理由でそれを避けてはいけない。オレにはトイレの正しい使い方を、それを知らない人間に教える義務と使命がある。

現代人を現代人たらしめているものは何か。それは健康で文化的な生活を追求する情熱である。そして、その情熱の結晶こそ、清潔で快適なトイレに他ならない。

コロネとクオンも、現代日本にいる以上はその文明のルールとマナーにしたがわなければならない。トイレの正しい使い方は文明人として最低限知っておかなければならないことなのだ。それを教えられるのは、ここにはオレしかいない。

さらに言えば、リィンにはウォシュレットはおろか、水洗トイレすら存在していない。適当にいじられて買ったばかりのウォシュレットを壊されるのはたまらない。ちゃんと説明しておかないと困るのはこっちなのだ。

能書きが長くなったが、とにかくオレは、コロネとクオンに日本のトイレの素晴らしさを知ってもらい、清く正しく使ってほしい。

忠矢
忠矢
こっちのトイレは使い方が少し難しいんだよ。
ちゃちゃっと説明するからついてこい。

コロネ
コロネ
トイレの使い方に難しいなんてあるかよ。
忠矢、オレたちが昔と同じ子供のままだと思ってバカにしてるな?

忠矢
忠矢
バカにしてねーよ。
だけど、こっちの世界はトイレもちゃんと使えないヤツはバカにされるからな?
いいからさっさとこっちにこい。

コロネ
コロネ
なんなんだ、まったく!

プリプリ怒るコロネと、モジモジしてるクオンの2人をなんとかトイレの前まで連れ出し、一通りトイレの使い方を説明した。

クオン
クオン
こ、これが忠矢様のお手紙にあった科学文明というものですか……。
実際見るとすごいものですね……。

コロネ
コロネ
はー、すっげーな!
これ、流れたクソはどこにいくんだ?

予想以上に反応がいい。
現代文明のすごさが2人にもよくわかったことと思う。

異世界の人間に現代文明というのを説明するとき、トイレを見せるのは意外と効果的かもしれない。

忠矢
忠矢
使い方はわかったな。
話しがあるんだろ?
すませるもんすませたらリビングにこい。

オレは先にリビングに戻った。

パンはとっくに焼きあがっていて、少し冷めていた。オレがパンをかじっている間も、2人はトイレを前にしてしばらくあれこれ議論していた。

コロネ
コロネ
ギャーッ!!

しばらくして、コロネの叫び声が聞こえ、顔がびしょ濡れになったコロネと爆笑しているクオンがリビングに戻ってきた。

何をやらかしたかはだいたい察しがつく。